2015年2月20日金曜日

ポストドックについての処遇について


彼は38歳の独身男性。私立大学、文学系を卒業後、海外の教育システムの研究を長年してきました。大学院を卒業して、研究職を目指す一方で、生活の糧を得るために、他の大学で、大学事務職として兼業をしていました。大学事務職は最近の学生減のために、大学職員が減らされてしまい、当初契約外であった雑務をすることになりました。主任教授が末期のがんであることが分かったのは、博士論文の作成のために学会誌への投稿が終わったころでした。学会誌では、論文の内容の不備で何度かのやり取りをした後に、受理をされず、2流の雑誌に掲載をされたのです。教授からは、学位は確実に取れるからと言われていたはずだったのですが、その教授もガンであっという間になくなってしまいました。主任教授のがんが発覚したころに、通勤電車で胸が苦しくなり、事務仕事中に周囲の目が気になり挙動を注視されているのではないかと不安になり、圧迫されるような感覚になる、日中に突然のように睡魔が襲うようになり、落ちるように眠ってしまう、背中や首のこりが強く、腕も重く感じるようになってきた。自宅に戻ってから研究を始めようと思っても、スーツを着たままソファーに倒れこんで、目が覚めるのが午前3時ごろになる。そこから起きだしてシャワーを浴びると、睡魔が襲って、ベッドに倒れこむ。朝は目覚ましをかけても起きられなくなり、始業ギリギリに間に合うという生活となっていた。異様なだるさ、日中の眠気が続くために、総合病院などいろいろ受診をするも原因がわからずに、最後に精神科受診を進められて当院に来られた人であった。
 倦怠感、日中の過眠発作の原因は生活のリズムが不規則であることが原因であった。
専門職、技術専門職の人たちの雇用は決して安定をしているとは言えない。3年後までは、先が見えるが、10年後の生活がどうなっているのか予測できない。学位をとったものの、その後の研究ポストがないというのはざらであるが、年齢だけはすぐに過ぎていくので、研究者の焦りやストレスは尋常ではない。
2010年には、当時1万7千人といわれる大量のポストドクターが、十分な雇用の受け皿がないために不安定雇用と低賃金で苦しんでいる。また、2万6千人といわれる非常勤講師も、低賃金に据え置かれ複数の大学を掛け持ちをするというアルバイトが常態化している。このために、科学技術政策シンポジウム実行委員会は文部科学相に申し入れを行っているが、その後改善をされたとは聞いていない。シンポジウム実行委員会が取り組んだアンケートには「月収、20万、ボーナスなし、国保・年金は自分持ち。家族を養っており、経済的には限界に近い」「夫婦でポスドク。低賃金で、生活が苦しく、子供を育てる経済的余裕さえない。早急な現実的な未来を求めている」
さて、今回は、技術系の職場の人間がメンタルヘルスの課題に直面をするときは、次のように多相的題としてとらえることが、解決を容易にすると思われるので事例を交えて紹介をしていきたいと思います。
第一相 現在性、同時代性という問題です。私たちが生きている、リーマンショック後のデフレ真っ最中にあるどん底の経済状況。政権が民主党から自民党に代わり、都議会銀選挙では自民党がこれまた、圧勝をしました。内外情勢調査会で年収が10年間で150万以上増やすことが目標であるといっています。しかし、国民総所得がふえても、個々人への還元は少なく、民主党政権下の3年間でも60万増えたという計算されています。
今一人当たりの国民所得は384万です。これが534万円になるとはにわかに信じがたい。また、この10年で平均賃金は下落をしています。多くのサラリーマンにとって、賞与・一時金がほぼゼロの時代となりつつあります。厚生年金事業報告によれば、男性社員の10人に4人が賞与ゼロあるいは年合計30万以下であり、女性社員では約3分の一が賞与ゼロとなっています。
さて、年金リサーチによれば、平成23年12月の建設技術研究所に勤める30代の平均年収は542万となっています。主要企業平均は全業種で449万ですから、技術研究職の給料は高いようですが、今後とも順調に増えるのかどうかはわからないところです。グローバル化が進み企業が海外に出ていく、非正規の増加、資源の高騰、機械技術の進歩による余剰人員の削減など、先行きの不確実な要因は様々です。さらに、急速に進む少子高齢化は30代40代の働き盛りにどんと重石をかけていきます。
 第二相は、職員の属している組織。組織やグループの影響を大きく受けます。最も大きいのは給与の支払いなどの経済的な要因。さらに、職員が属する集団の中の力動です。集団の中で、グループを前に向けて進めていくリーダーの資質によって、グループはどのようにでも変化します。生き物のようにまるで、違った集団になっていくのです。
職員全体の規律はたとえば有休消化、残業などへの処理、休日出勤、学会等の出張の取り扱い、病気休暇の補償など福利厚生まですべてにわたります。こうした目に見えない職場環境、職場の雰囲気ともいうものが、目に見えない圧力となって、職員のストレスになります。休暇が取りにくい、上司に言いにくい、同僚に話しにくい、同僚が無視をする、などのネガティブな行動化へ結びつきかねないのです。
第三相は個人の資質です。人はそれぞれに育った環境が異なり、価値観や嗜好性が異なるのが当たり前です。しかし、いったん会社や大人集団といった組織の中にいる個人の価値観は後回しになります。それは当然のことですが、社会性が育っていないために、ほかの人の存在を無視した個人プレーに走ってしまう。浮いてしまう。周りの空気がわからない。といった、ひとたちが職場の中で特にストレスを感じやすいのです。本人もつらいところですが、本人の周囲の人もつらいストレスにあるので、緊張状態が長く続くようなことはさけなければいけません。
こうした、第1相から第3相までの問題が混在をしているのが現実のメンタルヘルスの現実であると思われます。

まず、第1相と第2相の間にあるメンタルヘルスの問題を説明していく。
 33歳の男性。旧帝国大学工学部を卒業して、大学院時代から研究をしていた、IT関係の材料加工の研究を続けるために大手電機メーカーに入り、さらに転職をして技術研究をしてきた。結婚もして、子供ができてすべてが順調に進むかと思われていたが、転職先の会社が研究部門を閉鎖してしまったために、彼は行き場がなくなった。研究部門が閉鎖されることが決まり、次の就職先を探さなければならなくなったころから体調がおかしくなり、不眠、気分落ち込み、食欲低下などがおこるようになり、メンタルクリニックに通うようになった。症状の波があるもののなんとか、転職先が決まり、地方都市から上京をしてきた。かれは神経質で医師とも気が合わなければ、治療が長続きしないし話もしなくなると、妻が、電話先で相談を始めたのを覚えている。来院時に明らかにしたが、現在は専業主婦となっているが医師の資格を持っていた。どういう輩が来るのかと思いきや、年齢よりも若い、ぼそぼそとしかしゃべらない、神経の細い感じの人であると見受けた。いわゆる理系の典型みたいな人である。しゃべるよりも、研究に向いている、研究実績はあるというので、現在の会社に入った。最初の説明と違って、アメリカの取引先との間では技術協力の問題で、こじれていて、研究開発が進まないということであった。6か月に一度くらいは1週間くらいアメリカに行き、担当者との調整をしているが、それがうまくいかないと、自宅でも自分の首を絞めたり、大声あげたりすることがあるということであった。通院は現在でも続いているが、よくよく家族をみていると、ストレスとなりそうな状況を上手に妻が取り払っているところであった。本人がしゃべらない分、妻が同席をして代わりに話す。職場と自宅の距離を近くして、通勤の負担を減らす。仕事関係ないことは自宅でも極力本人には伝えないなどの工夫をしていた。
最近は、かれがひとりで外来に来る。妻が安心してクリニックに送り出しているのだと思った。通院を始めたころは、乳飲み子を抱え待合室でも騒がしいので、別室に案内をしていたころが懐かしい。自分なりの言葉で、いまは会社のほうがうまくいっている、技術開発も進んでいるということを訥々としゃべる。いい感じでよくなっているということで、くすりの減量には消極的であったときもあったが、今、薬を減らしても症状が再燃しないので安心をしているところである。
 かれが病気になったのは彼のせいというよりも、第1相である、企業の業績不振、方向転換がまずあったことである。そのために、転職を余儀なくされて、その間にストレスからくる精神症状を患うようになっている。第2相は企業と企業の間に挟まれて、相互の利害の調整をせざる得ない緊張場面があり、会社の方針によって、技術開発を進められないという、本人以外のところに問題がある点である。そして、第3相である、個人の資質である。最終的には、メンタルヘルスの問題が起こると、個人のところで解決をしなければならない。この事例は、会社には精神疾患のことをずっと伏せて働いている、今でもそうであるが、疾病をオープンにして採用をしてくれる会社などどこもない。とくに、精神疾患は病状が不安定であるということから、クローズにすることが多い。現状の不景気の中での雇用状況を見ると、クローズでの就労は仕方ないと思われる。
つぎに、第2,3相に課題のある事例を紹介します。
最初にクリニックに登場をしたのは、当事者ではなく、その隣で仕事をしている人でした。女性で、年が一回り上であること、彼のほうが大学院卒なので、仕事の出来なども違うということでしたが、彼女ができないことに対して彼が手厳しく指摘する、理詰めで追い詰められてしまうので、返事に窮してしまう。彼が言うのはもっともであるが、その通りにはできない自分も歯がゆい気持であるが、彼が出勤をしただけで、恐怖感と不安感があり、動悸が収まらないので、おかしいと思って、上司に相談をした。相談をしたら、すぐに心療内科もしくは精神科を受診するようにいわれて、紹介を受けて受診をしたということであった。平均的で普通。精神病状態もない。ただ、恐怖となる対象があることが、原因であることが分かったので、対象と距離をとるように勧めました。対象と距離を取る方法はいくつかあるが、もっとも簡単な方法は、休養を取り、対象を見ないこと。これが一番、周囲への影響が少ない。もちろん、相手が悪いから、相手を休ませろなり、どこかへ飛ばせという言い分もありそうですが、そうなると、集団全体を巻き込み騒然としてしまう。彼女には2週間の自宅待機を薦めて、その間に上司を呼んで相談をすることにしました。上司が相談に来て一番の悩み、当事者が素直に病院に来てくれるのかということでした。自分が病気でないと思っている人を病院に連れていくほど困難なことはない。精神科というところへ行かされることは、行かされる人の立場を考えると、人権の侵害と言われても仕方ない。ひとをキチガイ扱いするのかと、パワハラで訴える、名誉棄損で訴えるなどと言われかねない。集団なり職場の一部での問題をオープンにできない背景には、どこにでもある精神障害、メンタルヘルスについての偏見がいまだにあるからに他ならないからです。
 上司からの説明で本人があっさりと、翌週に登場をしました。よくよく聞いてみると、彼も職場の中で居心地の悪さを感じており、どうしようかと困っていたところであったという。さらに、驚いたことには、彼自身が職場のストレスから原因不明の歯痛となり、町の歯医者では原因がわからず、大学病院のペインクリニックに通院をしていることが分かった。さらに驚くべきことはペインクリニックでは抗うつ剤が処方をされていたことである。最近、慢性疼痛疾患には抗うつ剤が有効であることが広く知られるようになっているために、しばしば精神科を初めて受診する人の中に抗うつ剤が意外な診療科で処方されるのに出会うが、彼もそうした一例であった。関東近郊の生まれであり、理科系大学では一流大学といわれる大学院を卒業、大学時代には運動部に所属して主将を務めるまでの経歴を持っていた。国家資格もとり、現在の食品分析関係の職場に入り2年目というところであった。大学時代、部活動の主将を降りたときに血尿が出たことがあった。今回は、受診の数か月前から血尿が続いていた。1か月前から嘔気が起こるようになって、同僚と食事がとれなくなった。職場で涙が出たり、急にはげしい怒りが起こるようになったりもした。10か月前に抜歯をした後から部位の痛みが取れず、炎症所見もないために、大学病院を紹介された。非定型歯痛という診断を受けていた。生活史や病歴および現在症に加えて心理テストを行って総合的に診断をした結果、アスペルガー症候群(最近出版されたアメリカ精神医学会(APA)の精神疾患分類では自閉症スペクトラム障害と定義される)であることがわかり、本人の診断の結果を伝えた。また、同時に上司にも本人の同意を得たうえで結果の概略を説明して、仕事を進める上での課題について、特に対人関係などのコミニュケーションの取り方などを細かく話し合った。私が常日頃、重要と考えているのは、診療の結果知りえた情報は、患者自身のものであり、患者や家族、その関係者が必要であれば、すべてを開示しなければいけないということである。ときどき、診療に陪席して主治医の意見を聞きたいと医師に申し込んだところが、個人上にかかわることであるという理由で診察室に入ることを拒絶されたという話を耳にする。個人情報、秘密保持については医師にとっては基本的な原則であるということは十分に分かったうえで、過剰な医師側の防衛的な対応はいかがなものかと首をかしげる。今回も、個人を守るために上司とも正確な情報を共有した。
 症状には、血尿、歯痛、不眠、気分の激しい変化、フラッシュバックなどの症状がみられ、現在の一人暮らしをやめて、しばらく実家に戻り体を休めることをすすめ、彼も同意をした。2か月の自宅療養で症状は消失をしたために、職場に戻ることになった。職場では、かれの状態を配慮して、上司の下、保護的な環境での仕事をすることで次第に職場に慣れていった。さらに、翌年の人事異動で職場環境も変わり、さらに彼の回復は進んでいき、臨床的な症状は消失をした。
 第2相である職場は、彼の言動に過敏に反応をしたところもあるが、職場の人員は削減をされていて、管理職の目が届きにくかったということが職場の反省として述べられた。第3相である、個人の資質であるが、本来は素晴らしいものがある。相当の求人倍率を勝ち抜いて、現在の職位を得るまでには、いくつものハードルを乗り越えている。人事面接担当者はアマチュアではないので、採用をした人に責任があるわけではない。
 現在、特に高学歴のスタッフのメンタルヘルスの問題は、この事例のような職場とのマッチングにミスがあったり、人間関係でのミスマッチングによるところが多いと思われる。
 課題が発生をしたときには、速やかに、問題の洗い出しと問題解決のための専門へのコンサルが重要である。ことが自然に収まるまで待つというやり方も過去にはあった。若い者は苦労を乗り越えて、しばらくは、のたうち回るくらいもがきながら、成長をしなければいけないという空気も2,30年前まではあった。今回のように血尿が出ても、這いつくばって出社させることが上司のとるべき指導法であるいうのは、経済成長にゆとりのあった昔の話である。今は、どこも余剰の人がいないので、即戦力が求められ、さらに仕事の負荷量は以前にもまして増加をしている。ゆるやかなコミニュケーションができていた時代と異なる現在にいるという第1相を常に横目に見ながら、職場の管理指導をしていかなければならない。
 最後に、2013年3月に、障碍者の雇用の促進等に関する法律の一部が改正された。2018年(平成30年)4月からは法定雇用率の酸的基礎の対象に、新たに精神障害者を追加することとなった。2013年4月からは障害者の雇用率は2.0%として、2018年から、さらに精神障害者の分が加算される。いま、企業は精神障害者の雇用と直面をさせられているのである。これまでクローズで就労を余儀なくされていた潜在的な精神障害者が、オープンになれるようになることが、健常者と障害者との間のストレスも減らすものである。第2,3相で取り上げたような事例は、大くくりで言えば、向こう5年で何らかの指針が示されてくるであろうと期待したいところである。

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